石狩市建設水道部参事 清野 馨
1.はじめに
中小規模水道が、迫りくるあらゆる経営環境の変化に気付かず適応できないままでいると、「破綻のシナリオ」(経営破綻のみならず、老朽管破裂や水質劣化など対策のとれない状況)を迎える事になります。
小さな綻びが大きな崩壊へとつながるように、水道の破綻が、そのまちの自壊にも至る可能性があると考えます。
それでは、このことを事前に回避するにはどうしたら良いでしょうか。
チャールズ・ダーウィンは、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」と言い残しています。
中小規模水道が破綻せずに生き残り、持続的な水道サービスを実現させることで、まちの営みを維持させるためには、その危険を発見・想定し、事前に対処方策を考える、近い将来を見通すことができる「変化できる事業体」に生まれ変わらなければなりません。
中小規模水道がいま成すべきことは、(1)人材育成と(2)地域水道ビジョンづくり、そして(3)官民連携の三つであると考えます。ここでは、この三点について総論を最初に述べた上で、官民連携の一手法である「第三者委託実施に至るまでのプロセス」を具体的にわかりやすく説明します。
また、その起点となる地域水道ビジョンの素案作成から公表までについても、幾つかの考え方を示します。
2.中小規模水道再生の鍵は人にあり
(1)人材育成が必要な背景
時代が大きく変革する潮目に直面している現在、経営体力が極めて小さい中小規模水道こそ、先手をうって変化の先を読み、的確な政策を創造する能力を高めなければならないときにあります。
正に我々は、そのための鍵が「人材育成」にあることを、今一度思い出さねばならないときでもあるのです。
しかし、この人材育成は、すぐさま効果が出るものではありません。
不景気がこれだけ長引き、あらゆる問題が噴出しているいま、人は直ぐに効果の出るもの、そして目に見えるものにのみ評価を与えようとしがちです。このことは目の前に迫っている問題を見失わせ、知らず知らずのうちに、あるいは敢えて蓋をしてしまうことを意味します。
だからこそ、それに備え立ち向かう体制を整えるべく、人材育成に早く本腰を入れねばならないのです。
(2)人材育成と地域水道ビジョン
水道規模が小さくなるほど、身に迫る危険を察知できていない可能性があります。あるいは、察知できない体制に置かれていると言えるかもしれません。
また漠然と、水道事業はこのまま続いていくことが当然だと思われている一面もあるのかもしれません。その理由は、転ばぬ先の杖とも言える「地域水道ビジョン」の策定件数が、中小規模水道ほど未だ少ないからなのです。
そのビジョンの作成状況は図−1に示したとおり、規模が小さくなるに従って策定率も小さくなっていることが解ります。
このことを踏まえると、中小規模水道、特に給水人口2万人未満の事業者においては、「地域水道ビジョン」を自ら策定することが重要と考えます。何故なら、地域水道ビジョンの策定作業そのものが、「人材育成」そのものだからなのです。
勿論そこには、ベテラン職員の強力なサポート(技術など知的財産の継承)が必要であることは言うまでもありません。
転ばぬ先の杖を得ることができ、しかも知的財産の継承と人材育成が可能となる、この地域水道ビジョンの策定をいま直ぐに取り掛かかることが大切です。
3.地域水道ビジョンの策定と第三者委託実施までのプロセス
(1)検討チームの立ち上げと工程管理表の作成
先ずは、知的財産の継承と人材育成を可能とさせるため、事務と技術の担当者で、より実務的でかつ政策的な議論を横断的に行うための「検討チーム」を立ち上げます。
その上で、次の事について効率的に作業を進めるため、全体を見通した工程管理表(図−2にそのイメージを示す)を年月日入りでつくり、メンバー間で共通認識を持つことができるようにします。
・地域水道ビジョンの作成と合意形成手続き(この中で第三者委託を検証)
・第三者委託の発注方式、委託範囲、委託期間、委託後の職員再配置(委託後のモニタリング人員は
確保)を検討
・資産台帳整理、要求水準書、契約書、リスク分担表、仕様書などの作成
・同委託決断のための市場調査
・予算措置
・募集公告から業者選定までの関連書類を最終整理
・正式手続き開始(募集公告など)
・委託後の事務引継ぎ
・委託後のモニタリング(業務実施評価)方法の検討など…
なお、
資料−1に、石狩市における第三者委託導入経過事例(概要)を示しました。
(2)地域水道ビジョンの素案作成から公表まで
地域水道ビジョンは、将来の水道事業を見定める上においても、最優先で取り組まねばならない重要な道標です。
特に財政力の小さい小規模水道では、その殆どが急速なる技術者不足、資金不足、そして老朽化施設の更新不足に陥っています。
このような状況の中で、このビジョンは、眼前の危険を予知、認識するための重要なレーダーにもなり得るものです。
需要者である住民と共に情報共有しながら、図−3に示すイメージの下で、「自分達の手」によってビジョンを策定することが重要です。特に、外部に策定委託しなくても、自らできる範囲で、自らの手で策定することこそが極めて重要なのです。
何故なら、その策定過程において施設状態や経営状態などを自ら解析することにより、わがまちの水道事業が置かれている現実の深い理解につながり、住民との情報共有も容易になるからなのです。
図−3 地域水道ビジョンの素案作成から公表までのイメージ
(3)第三者委託の具体的な検討(市場調査)
地域水道ビジョンの策定過程において、第三者委託の有用性が認められ、しかも住民との合意形成が図られた場合には、図−2に示す工程管理表イメージのとおり、引き続き、水道事業者側が求める要求基準(現状の管理水準を維持できるか、想定する予算内に委託額を収められるかなど)を満足できる受託者となる第三者が存在するかの市場調査をしなければなりません。
そのためには、水道事業者側が求める要求基準が具体的にどのようなものなのか、委託対象と考える資産がいつ建設されたのか(資産台帳)など、整理レベルは低くても良いので、予めデータ化、マニュアル化しておき、それらを市場調査時に提示(現場視察も含む)し、概算見積りなどをリサーチすることになります。
なお、具体的な資料として、その際に提示するのは、『(1)要求水準書や(2)仕様書(後述の資料−6と資料−8)、そして概算見積りのための(3)過去の決算書』です。
市場調査の結果を踏まえ、事業者側が満足できる企業などの受託者が存在する可能性を認識した時点で、第三者委託のための予算措置を行い、次の正式な手続き準備作業に入ることになります。
(4)第三者委託の正式手続き準備
市場調査により、事業者側が満足できる企業などが存在する可能性を認識した段階で、図−2に示す工程管理表イメージのように、今度は正式な手続きの準備作業に入ることになります。
具体的には、先の要求水準書や仕様書を精査するとともに、募集公告、募集要項、企画提案書などの様式、企画提案審査評価基準、契約書、リスク分担表などの作成が必要となります。
これらについては、資料−2〜9にそれぞれ試案を例示しました。
なお、これら試案を利用する場合には各事業者の責任において、十分精査した上でお使い下さい。
これは第三者委託実施に向けた正式手続きを開始する旨を広報するための行政手続きであり、業務の概要や応募資格要件、今後の手続き等について記述し公告します。
水道事業者が、第三者委託する民間事業者などを総合評価一般競争入札などで選定する場合には、入札に参加しようとする者を広く募集するために、ホームページなどを通じて本要項を公表します。
その内容は、企画提案の提示条件や審査、委託実施に関する事項などを記述します。
募集要項等に関する説明会や現場見学会への参加申込書、入札参加表明書などに関する様式を統一し、知りたい情報の漏れをなくすため、予め各種様式を作成し公表します。
第三者委託の相手先を総合評価一般競争入札などの方式で選定する際、技術提案的性格を兼ね備えた企画提案をするよう応募者へ求めます。
その際、重点的にその考えを確認しておきたい項目なども盛り込み、提出された各企画提案内容の評価をより客観的でかつ的確に行い得るよう、予め企画提案書の各様式を提示します。
提出された各企画提案内容を定量評価するため、水道事業者が独自に作成した評価基準に基づき、後述する業者選定委員会などの場で審査、評価します。
この評価基準の配点については、事業者が重要視する箇所の配点を相対的に高くすることも可能となり、よりその地域が抱える課題などを克服でき得る事業者を選定できることにもなります。
なお、本書において提示した資料における「入札価格に関する事項」の得点(価格点)に関しては、次の算定式を一例として示します。
【価格点】=0.5−{(当該入札価格−平均入札価格)/平均入札価格}×配点。
なお、「0.5−{(当該入札価格−平均入札価格)/平均入札価格}」の値が負(マイナス)となるときは「0」、1を超えるときは「1」とする。得点は、小数点第二位以下を四捨五入した値とする。
第三者委託で受託者が満たすべき業務の水準を定めるものであり、応募者が具体的な実施方法などを提案する上での指針となるものです。
本書で提示した資料では、軽微な故障(第14条関連と後述する仕様書第34条関連)の修理については、受託者の判断によって速やかな対応ができるよう、1件当り20万円以下という具体的な金額を例示しています。なお、その場合においても、当該年度の累積上限額を550万円(仕様書第34条関連)と設定しております。
また、運転管理業務体制については、夜間を機械監視(第21条関連:電話回線を活用した警報システムなど)という前提で作成しています。
これら設定については、各事業体の事情に合わせ、十分な検討の上で作成する必要があります。
委託者である水道事業者と受託者が、この業務の社会的重要性を十分認識した上で、各々対等な立場での合意に基づき、契約約款などを踏まえ、信義に従って誠実にこれを履行することを、書面をもって約束するものです。
本書において提示した資料では、契約期間を5年間としておりますが、これは受託者側の人材育成や先行投資も伴う提案を促すことを期待しての設定です。
また、第11条関連で示した業務準備期間(引継ぎ期間)については3ヶ月、第54条関連での延滞金などの根拠については3.5%で例示しておりますが、これらをはじめ随所で示した内容につきましても十分な検討の上で作成願います。
水道事業者が管理する取水施設、浄水場及び配水施設等の機能を受託者が十分に発揮させ、水道施設の適正な運転管理を確保するために定めるものです。
具体的には、従事者の有資格基準や業務範囲とその内容、更には業務書類など、実務的な内容を確認するためのものです。
9)業務分担及びリスク責任分担表(
資料−9)
第三者委託が始まった以降のリスク責任分担を、予め具体的に例示しておくことは、適正な企画提案書を作成する上で重要です。
先進地の多くは、委託後に直面する様々な事故などの責任をどのように分担しあうのか、その都度協議することになっているが、受託者と水道事業者が強い信頼関係に裏付けられたパートナーシップを維持するためには、事前に多くの発生リスク事例を想定し示しておくことが必要であり、委託後のトラブルを少なくさせることにもつながります。
第三者委託の正式手続きの準備段階から、自らの事業特性などを十分勘案し、あらゆる可能性を想定しながら資料を作成しておくべきでしょう。
(5)受託事業者選定から第三者委託開始まで
これまでの実務的整理が終われば、次は図−2に示す工程管理表イメージのように、第三者委託実施に向けての最終段階(手続き開始→業者選定委員会→委託開始)に入ります。
この間について、もう少し具体的に例示した工程イメージが図−4です。
この工程イメージは、新年度(4月1日)から第三者委託をスタートさせる場合を想定したものですが、先ずは委託開始予定年の前年12月末に、新たに業者選定委員会(仮称:○○市浄配水場等運転管理業務受託者選定委員会)を立ち上げます。
この選定委員会を設置する目的は、公平性、透明性、客観性の確保と専門的な知識を踏まえた意見の聴取による入札を実現させるためです。委員構成は学識経験者3名(図−3の委員会委員など)、水道事業者職員2名(水道技術管理者や浄水場長など)の計5名程度でよいと思います。
参考までに、
資料−10に業者選定委員会設置要綱を例示します。
その後、委託開始予定年の1月初旬より、市などのホームページや広報誌などに募集公告を掲載し、第三者委託に向けての正式手続きを開始させることになります。
この後の手続きで、特に迅速な対応を求められるのが、入札参加者から寄せられる質問への回答です。この回答を的確に行わなければ、適切なる企画提案や価格提案などがなされないので、この点は事務、技術総力体制で一気呵成に取り組む必要があります。
なお、この回答はホームページ上で全て公開し、情報の公平性を確保します。
最後に、入札参加者から提出された企画提案書などをもって、業者選定委員会の場で審査評価基準用紙(資料−5)により点数付けし、最優秀受託事業者を選定することになります。
選定の公平性や客観性を確保するため、企画書の会社名などはわからぬように工夫する事が必要です。
その後は、最優秀受託事業者と契約書を締結し委託開始となりますが、その事務引継ぎ期間は、その事業の地域特性によっても大きく違うものの、契約上では概ね3ヶ月程度でよいでしょう。
実際は水源の水質状況が四季を通じて経験せねば理解できないことから、概ね一年間はその事務引継ぎに質の違いこそあれ、継続されるものと考えておくべきです。この点は人事異動検討時に、管理職が十分配慮しておく必要があります。
また、委託開始後のモニタリング(業務実施評価)方法(
資料−11)※1をどのようにするか、その結果を住民に公表するか否かなども含め、予め検討しておく必要があります。
4.おわりに
この危難の時代において中小規模水道の担当者の皆さまは、辛く厳しい立場に立たされていると思いますが、高い志を持たれる水道事業担当者や学識経験者、そして水道関係者の皆さまに助けて頂きながら※2、先ずは「地域水道ビジョン」の策定を急ぐべきであると考えます。
そして、この策定を通じて自らの事業課題を的確に捉え、その課題を解決するための方策を見出す事が重要です。更にはその解決策を理論付けし、住民に周知徹底して、理解と支持そして協力を求めながら、たくましくその方策を実行していくことに、皆さまの力を集中して頂きたいと考えます。
多くの識者が水道の明日に警鐘を鳴らしています。
日本水道の危難という激流をどう乗り切るか、中小規模水道の担当者は決して水の中に顔を沈めず、水面上一寸でも顔をあげ、流れの来し行く末を見定め、決して楽観せず、責務をもって立ち向かっていって欲しいと考えます。
ここで示した各種の例示は、実際の第三者委託の実施例に基づいて作成したものであり、この手順に従って作業を進めることができると考えます。ただし、各水道の実情に合わないところもあると思いますので、適宜変更して使用していただければ幸いです。
※1拙著:「第三者委託の業務実施評価」,水道産業新聞(2009年11月5日・第6面)
※2拙著:「中小規模水道の再構築方策私案と官民連携」,水道公論2月号(日本水道新聞社),
pp.44-49,2010年,および「顔の見える水ビジネスと中小規模水道」,水道公論7月号,pp.32-36,2010年